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05/01/2011

「カズオイシグロをさがして」、記憶。

先日NHK の「カズオイシグロをさがして」という特集を観て、部分的に書き起こし。
覚え書きとして。

Kazuoishiguro_019


記憶
ノスタルジー

 

■イシグロ
子供の頃の小さな記憶が寄せ集められている
取るに足らない小さな出来事をだんだんと積み上げるのです
すると最後に衝撃的な事実に気づかされるんです

 

■アレックス・ガーランド(作家、映画「わたしを離さないで」の脚本家)
私はこの本のテーマを把握していました
しかしこれほど込み入った内容とは思っていませんでした
それはまるでカーペットのようでした
近づけば近づくほど「こんな模様なのか」と分かります
模様の陰には縫い糸が組み合わさっており
縫い糸の陰にさらなる糸が見えてくる
その作業が無限に続くように感じられるのです
とても興味深いことにどこまで進んでも
物語の上部構造は原形を保っていました

 

小説の通奏低音

 

(イシグロ、映画「わたしを離さないで」のプロモーションで来日して)
設定はメタファーとして選んだものだ
誰もが病気になるし誰もが死に至る
クローン人間という特異な状況を用いれば
人々になんと奇妙な存在なんだと思ってもらえる
そして私や映画制作者の願いは
物語が展開するにつれ人々に気づいてほしかったんだ
これが全ての人に当てはまる人間の根幹を描く物語だということを
このような理由で物語の前提が築かれた

 

■福岡伸一(インタビュアー / 分子生物学者)
しばしば人は
「これは私の幼少期の素晴らしい記憶だ」と
「鮮明な記憶だ」と語ることがあります
私はそれらは操作された記憶だと思うのです
感傷的な記憶や美しい幼少期の記憶は
ペットのように飼い慣らされた記憶だと
繰り返し思い返すことで飼い慣らされ
無意識のうちに美しく変更されていきます
つまり「操作」されているわけです
あなたの小説にも似たエピソードや物語が見受けられます
 
■イシグロ
私は幼少期の記憶やノスタルジアをかきたてる記憶に興味があります
特にノスタルジアはとても興味深い感情です
ノスタルジアは懐かしい日々を想う単純な意味にはとどまりません
その深い感情に十分な敬意を払ってこなかったと思います
 
(朗読「わたしたちが孤児だったころ」より一節 / ともさかりえ)
大事。
とても大事だ。
ノスタルジック。
人はノスタルジックになるとき、思い出すんだ。
子供だった頃に住んでいた、今よりもいい世界を。
思い出して、いい世界がまた戻ってくればと願う。
だから、とても大事なんだ
 
■イシグロ
子供はほとんどの場合まもられているものです
日本やイギリスでは私たちのほとんどが幸運なことに
泡の中で長い間大人に守られて育ちます
そして現実の世界を知ることがないように
大人たちによって妨げられています
我々は子供たちに嘘をつくわけです
世界がまるで美しい場所であると
必死に装うのです
しかし大人へと成長する過程で
子供たちはある種の失望感を覚えるのではないでしょうか
世界が優しい場所だという記憶がまだ残っているのですから
ノスタルジアは決して存在しない理想的な記憶なのです

 

■イシグロ
父からは多くを学んだように思います
ただそれは直接的ではなくわたしが科学的な脳を持つことはなかった
父が仕事の話をしてもあまり理解出来ませんでした
しかし人生の対処法というか
少し離れたところから人生を見つめる方法を学びました
なじみのあるものでも「ちょっと離れて見てみよう」と
「別の惑星から来たひとのように冷めた眼差しで見てみよう」と
 
■福岡伸一
あなたは作品で慎重にきめ細かな言葉遣いをしています
それはまるで昆虫学者が細部の変異を観察するため
極小の昆虫を解剖しているかのようです
私はあなたの文体に似た印象を受けます
 
■イシグロ
小説家のやるべきことは人間の感じ方について
この世界で生きる人間の感情面について思いを巡らせることだと感じています
それはまさにあなたがた科学者が克明に描きわたしに教えてくれたものです
芸術に従事する私の任務は「人間に内在する感情」を伝えることです
小説を書くとき私は読者に向けて問いかけます
「これはあなた自身の感情でもあるのでは?」と
私は科学者に反論するつもりはありません
そして科学者の仕事にとって代わろうとは思いません
わたしはただ問いかけているだけなのです
「これは人間誰しもが感じる普遍的な感情ではないか」と

 

■イシグロ
私の作家人生はむしろ日本と強く結びついていると思います
わたしが20代半ばの頃に
日本に強い関心を抱いた5年ほどの時期がありました
特に自分の内なる日本の記憶に強い関心がありました
幼少期に永住すると思わず渡英したので
帰るべき場所日本は極めて重要でした
もう一つの場所「JAPAN」をいつも考えていました
時間とともに「私の日本」という私的な世界を創り上げていました

 

■福岡
小説のテーマについて話したいと思います
あなたは「記憶」について書いていると思います
過去の記憶 個人の秘めた記憶 感傷的な記憶などです
それらに私は強い印象を受けました
ある科学者が我々の身体は
我々自身のものではないことを発見しました
つまり我々は流転しているのです
すべては取り替えられ退化し再び合成しているのだと
我々の身体は一定期間で見た場合
身体は個体でなくむしろ液体だと
さらに長い期間で見ると相互に作用する気体だと
では生命が「動的平衡」であり肉体に完全に基づくのでないならば
どのようにアイデンティティを保てるのでしょうか
どうして私は一貫した存在で私は私であると言えるのか
答えになり得るのが「記憶」です
「記憶」はあなたの小説で大切な要素と感じます
 
■イシグロ
そうです まったくその通りです
記憶は常に私にとってとても大切な要素です
作家生活の初期の頃は特に重要でした
おそらく日本の記憶のせいでしょう
私個人の経験ですが青年へと成長する過程で
私が「日本」と読んでいた大切な場所が
現実には存在しないことに気づいたのです
それは私の頭の中に存在する記憶や想像力
さらには本や映画などから生みだされた架空の場所でした
しかしそれは個人的な場所だったのです
この「私の日本」が徐々に色あせつつありました
万物は流転する
記憶も流転すると言いましたが
小説を書くことは記憶を永久に固定する手段だった
思い返せばミュージシャン志望から小説家に転向した理由は
そこにあったように思います
「私の日本」が記憶から完全に消し去られる前に
写真のように残したいと強く思ったのです
記憶が色あせていくことにあせりを感じました
それ以来私自身と記憶との関係や
すべての人間と記憶との関係性に魅了されているのです

 

■アレックス・ガーランド
私の処女作「ザ・ビーチ」の中に
幼い子どもの対話が登場する場面があります
この対話はイシグロ作品の対話を厳密に手本としています
それはほとんど模倣と言ってもいい
私はそうやってイシグロから教わった
本人は知るよしもないわけですが
とにかく1ページ読んでは再び頭から読み返す
文章を分解しどう組み立てられているかを研究した
おそらく私は彼の技巧を学ぼうとしていたのでしょう

 

■セバスチャン・グローズ(文芸評論家)
「日の名残り」の魅力的な要素のひとつは
そこに想像上の英国が創り上げられている点です
架空の英国は真の姿を現し解体される
裏に潜む影の部分をあらわにさせてゆきます
だからとても重要な小説です
ブッカー賞を獲得し彼は一夜にして世界的大スターになりました
世界的な鬼才となったのです
 
(ナレーション)
イシグロはこの作品を世に出す前にひとつの決断をしています
国籍を日本からイギリスに変えたのです
 
■イシグロ
そのころ気づきました
もはや日本では暮らすことができないと
日本語を話すことができないし慣習もわからないのですから
わたしは自分自身に日本人になれるかと問いかけました
そして無理だと気づいたのです
日本にくるとここがよく知る場所のように思えます
しかしあらゆる意味で滞在が最も難しい国でもある
日本語が話せないことも手伝いました
相手の言うことが全て理解できそうで実際には出来ません
ですから世界中で最も訪問が難しい国なのです
そのころ私は決断しなくてはならないと思った
私は本当にイギリス人なのか
感傷的には日本人であり続けたいと感じていました
イギリス人になることは裏切りなのかもしれない
しかし両親も英国籍が最善の選択と感じていました
英国教育だけで育った私は後戻りできませんでした

 

■イシグロ(『わたしを離さないで』について)
「人生は短いから尊い」とだけ言いたかったわけではない
人間にとって何が大切かを問いかけたかった
設定は有効だった
人間とは何か クローンは「人間」なのかと考え始めるからだ
人生の短さを感じた時我々は何を大切に思うだろうか
この作品は悲しい設定にも関わらず
人間性に対する楽観的な見方をしている
人生が短いと悟った時
金や権力や出世はたちまち重要性を失ってゆくだろう
人生の時間が限られていると実感した時
このことが重要になってくる
この作品は人間性に対し肯定的な見方をしている
人間が利益や権力だけに飢えた動物ではないことを提示している
赦し 友情 愛情といった要素こそが
人間を人間たらしめる上で重要なものなのだ

 

■福岡
あなたの小説にもうひとつのテーマを発見しました
大人になること
子どもから大人への旅です
人々は大人になることをこう捉えています
ある種の成長 進化 蓄積 達成と
しかしあなたの小説は全く違うことを語っています
それはある種の衰えであり退化であると
あるいは辛い記憶に向き合い過去と折り合いをつけることだと
 
■イシグロ
大人になるにつれ世界がそれまで教えられてきたようなーー
優しく親切な場所ではないと気づき始めます
大人になる過程は興味深いものです
我々は理解できないまま良からぬ現実を知るものです
私たちは「死」を理解する前に死を知ることになりますよね
「悪」も同じです
世界にはびこる悪について理解できるようになる前に
その存在を知るわけです
人は物事を理解すると同時に
理解していない状態でそれを学んでいるのです
しかし心の底から理解してはいない
「死」や「悪」に関して口先だけであまり理解していません
大人になることは自分の至らぬ点を認め
自身を赦すことだ
現実には人生は困難だが
それでも折り合いをつけることを学ぶべきなのです
とはいえ自分自身に完璧を求めてはいけません
自身の至らない点を受け入れる術を学ぶこと
それが大人になる上で重要なのです

 

(朗読『わたしを離さないで』)
わたしの大切な記憶は、以前と少しも変わらず鮮明です。
わたしはルースを失い、トミーを失いました。
でも、二人の記憶を失うことは絶対にありません。

Neverletmego_004

 

イシグロ

記憶はそのような作用をするものだと思います
それは死に対する部分的な勝利なのです
我々はとても大切な人を死によって失います
これこそが「記憶」の持つ強力な要素だと思うのです
それは死に対する慰めなのです
それは誰にも奪うことができないものなのです

May 1, 2011 |

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