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05/01/2007

池澤夏樹とロレンス・ダレル。

池澤夏樹の旅地図 』は、テオ・アンゲロプロスとの絡みが入ったギリシャ編がめっぽう面白くて、一気に立ち読みした。そういえばアンゲロプロス映画の翻訳って池澤なんですよね。『旅芸人の記録』をロードショーで観た頃は、池澤のことなど知るはずもなかったけど。

ってことはここではどうでもよくて、ここしばらく滞っていた感のある池澤のメールマガジン『Stranger In A Strange Land』の発行が活発になってきたようで嬉しい。別にメルマガ取っていなくても公式HP「カフェ・インパラ」でエッセイは読めるのだけど、今どこにいて何を感じて日々を過ごしているのかってことをほぼリアルタイムで知ることができるので、ちょっと気にしている。
とはいっても、池澤ほどの作家であっても、ネット上のエッセイはじっくり読む気になれない(僕の性格的なものかもしれないけど)。やっぱり、きちんと本になったものを読む。歴史の上では焚書坑儒ってのがあったくらいだから、もう、読書の幸福ってなにものにも代え難いしね。

『Stranger In A Strange Land』はすばる誌にも掲載されていて、そのまま『異国の客 』として2005年12月に集英社から出ている。メールマガジンでいえば035の回あたりまでのものがまとめられているのか。この時期、池澤はフォンテーヌブローに住んでいる(というか、まだフランスのどこかに住んでいるはず)。東京、ギリシャ、沖縄と、定住しないし、エジプトだったり、イランだったり、イラクだったり、ハワイだったりと、とにかく移動する人。どうも暑いところばかりのような気もするが、北海道出身というのは理由のひとつなのだろうか。

フォンテーヌブローのマルシェ(朝市)のシーン、マルシェで買った食材を料理するシーンが、初夏の緑のように素晴らしい。
ちょっと、ほんの一例。

魚屋がなかなか充実していたのは意外だった。ここは英仏海峡から200キロの内陸の町で、だから海産物はあまり期待できないだろうと思っていたが、来てみれば何でもあるではないか。鱈やヒラメなど白身の魚の切り身が何種類もあり、鮪や鰯や鯖や鯛も揃っている。海老も3、4種類が並んでいる。貝についてはムール貝が安くて大量に食べられるし(1リットルで2ユーロとか!)、小さな赤貝は味が濃くてうまい。ないものを探すと、浅蜊がない。従ってスパゲッティのボンゴレができない。あれは多分、地中海の貝なのだろう。今度プロヴァンスに行ったら、市を覗いてみよう。

その池澤が、ロレンス・ダレルの『アレクサンドリア四重奏』の書評を書いていた。
というか、高松雄一の改訳でこの4冊『ジュスティーヌ』『バルタザール』『マウントオリーヴ』『クレア』が刊行されたということの告知みたいなもの。

これはアレクサンドリアという魅力的な名を持つ都会を舞台にした、複雑な恋愛と陰謀、退廃とエグゾティズムの小説である。この巻はもっぱら恋の話だ。語り 手であるイギリス人の貧しい文学青年ダーリーと、その恋人であるギリシャ人の踊り子メリッサ、コプト人の実業家ネッシムとその妻のユダヤ人であるジュス ティーヌ。いくつもの人種と、言語と、宗教(コプトはエジプト固有のキリスト教の一派)と、文化が重なり、ぶつかり、反発し、融合し合う。

そう、言ってしまえば、大河ロマンなのです。ジョン・ファウルズ的テイストを感じさせたりする(っつうか、ファウルズがダレルに似ているんだけど)。
でも、それだけにはとどまらない。なんてったって、『黒い本』の作者だ。

そして、圧倒的な文体の力。作者はこの都会の魅力を臆面もなく描写する。ここではあらゆるものが過剰だ。華麗で、詩的な、巧みな隠喩に満ちた文体(例えば、「そして秋が来ると、乾いた脈打つ空気が静電気をおびて粗(あら)くなり、軽い衣服を透して肉体を燃え立たせる。肉体は目覚め、鉄格子を折り曲げて脱け出そうとする」)。

この『アレクサンドリア四重奏』の読書体験はもう、至福です。ドストエフスキーの『カラマーゾフ』より、ヘミングウェイの『海流の中の島々』より。あるいは谷崎の『細雪』より。

今年はもうこれだけでいい。

アレクサンドリア四重奏 1 ジュスティーヌ
河出書房新社
ロレンス・ダレル(著)高松 雄一(翻訳)
発売日:2007-03-17
おすすめ度:5.0

追記
やっと山形浩生の批評が出たので。→アレクサンドリアに別れを告げよう。

May 1, 2007 in books |

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Comments

>『カラマーゾフ』より
この一言で読むことを決めました!

でも、旅地図も買ったのに未読です……。

Posted by: タコ | 6 May 2007 13:37:55

>タコさま
読んでください!
もう、濃密です。『マウントオリーブ』までじっくりひっぱられて、ラスト、『クレア』で約束されるカタルシスは何物にも代え難いと思います。 

Posted by: kiku | 6 May 2007 14:26:09

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