東北地方太平洋沖地震のことと。
覚え書き的に。
阪神大震災の時西宮在住だったけど、あのときは夜明け前。
揺れを感じるより先に降り注ぐ書籍の山に起こされた。あー、とうとう来たのか、と思い、今動いてもしゃあないから、とりあえず書籍の山の下の布団の中で揺れがおさまるのをじっと待っていた。
おさまったところで、外に出てみた。電気はすべて落ち、あたりは闇でしかなかった。どうすることもできず部屋に戻り、幾多の余震を感じながら外が明るくなるのを待った。
明るくなって外に出てみて、立ち尽くすしかなかった。住んでいたワンルームマンションのひび割れこそ確認できるものの、周囲を見渡してすべての崩壊ぶりを見るに当たり、昨日のままに建っているのは奇跡でしかなかった。
何をしなければいけないか思いつくはずもなく、すべてがひっくり返った部屋の片付けをしているうちに(午前10時すぎだったか)、電気が戻ってテレビがついた。
ニュースでは、京都の何寺で仏像が何体落ちた模様です、とか報道されていた。
え...? それだけなの?
伝えられているはずのこの現実がどこにも伝わっていないんだと気づいて茫然とした。
昼前、公衆電話を見つけて、試しにコインを入れたら通じていた。堺の職場に電話して、とりあえず水を確保しなきゃいけないから、とその日休むことを伝えた。その帰り、近所の店先では遺体が数体、毛布を被せられ、その隣で家族が膝を組んでただ座っていた。
水道が復旧したのはそれからどれくらいだったろう。住んでいた香櫨園でのガスの復旧は、西宮市内では最後だったと記憶する。
時代はあのときと比べてすっかり変わった。ネットという日常は、生きていく上での勇気のきっかけを届けていると感じる。
あまり無理しなくて良いと思う。どこかで、いろんなことを無事でいる誰かが考えて、行動してくれている。想像を超えた、阪神の時とはまったく違う様相を見せつけている東北地方太平洋沖大地震の傷跡だけど、もう、祈っているしかない。心苦しい気もするけど、今大阪にいる自分には、今の自分にできることをこなしていくしかない。
無理しないでください。
写真は NewYork Times から。
March 13, 2011 in life | Permalink | Comments (0) | TrackBack